「エネルギー基本計画」とは、日本のエネエルギー政策の土台となる計画。現在のところ、2018年の「第5次エネルギー基本計画」が最新版となります。2021年中には「第6次エネルギー基本計画」が策定される見通しですが、その内容はどうなるのでしょうか?
気になる再生可能エネルギーの比率や、注目度が高まっている水素の位置付けなど、現在明らかになっている情報をもとに予測してみました。
「エネルギー基本計画」とは
「エネエルギー基本計画」は、大元となる法律である「エネルギー政策基本法」にもとづいて策定されます。「基本計画」に「基本法」と似た名称ですが、両者には以下のような違いがあります。
- 「エネルギー政策基本法」は普遍的な大枠を示すもので、2002年の公布時から内容は変わっていない。
- 「エネルギー基本計画」は具体的な道筋を示すもので、その時々の情勢の変化を踏まえて見直しが行われる。
これまでの経緯を振り返ってみましょう。
2002年、当時の自民党政権による「日本のエネルギー政策を長期的かつ総合的に推進すべき」という提言を受けて「エネルギー政策基本法」が公布。3つの基本方針が掲げられました。
- 安定供給の確保:日本はエネルギーの大部分を輸入に頼っているため、供給源の多様化や自給率向上に努める。
- 環境への適合:地球温暖化をはじめとする環境問題解決のため、エネルギー消費の効率化(省エネ)を図る。
- 市場原理の活用:エネルギー利用者の利益が確保されるよう、規制緩和などの施策を進める。
これらの方針を具体化する計画として、同基本法12条で定められたのが「エネルギー基本計画」です。
2003年に策定された「第1次エネルギー基本計画」に始まり、「第2次」(2007年)、「第3次」(2010年)、「第4次」(2014年)を経て、現在は「第5次エネルギー基本計画」(2018年)が最新版となっています。
そして「第5次エネルギー基本計画」から3年になる2021年、「第6次エネルギー基本計画」が策定される見通しです。
「エネルギー基本計画」の「3E+S」とは
「エネルギー基本計画」は3~4年ごとに見直されてきましたが、基本的な考え方である「3E+S」は変わりません。
すなわちSafety(安全性)を大前提とし、Energy Security(安定供給)、Economic Efficiency(経済効率性)、Environment(環境適合)という「3つのE」をバランスよく実現することを重視しています。
とくにSafetyは、東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所の事故を受け、より一層強調されるようになりました。
「エネルギー基本計画」の変遷
エネルギー基本計画の変遷について、見ていきましょう。
変遷を見るにあたって注目すべきは、新たな基本計画策定の際に大きく変更されるエネルギーミックス(電源構成)です。これは日本国内で使う電気の発電方法の比率を意味し、未来の目標比率が定められます。一例として2010年の「第3次エネルギー基本計画」と、2018年の「第5次エネルギー基本計画」におけるエネルギーミックスを比較してみましょう。
「第3次エネルギー基本計画」のエネルギーミックス
上のグラフの通り「第3次エネルギー基本計画」は原子力発電を将来の主力電源に位置付け、2020年に41.5%、2030年に48.7%を目標としていました。その理由は大きく3つあります。
- 原料のウランは輸入されるものの、使用済み核燃料から取り出したプルトニウムを再利用すれば「純国産エネルギー」として自給率を上げられる。
- 発電コストが安価である。
- CO2などの温室効果ガスを排出しないため、地球温暖化対策になる。
このように原子力は「3E」をバランス良く満たす、理想の発電方法と考えられていたのです。しかし翌年の2011年3月11日に、東日本大震災が発生。福島第一原発事故により、原子力はリスクが大きいことが明白になりました。
また、ウランは精製時に温室効果ガスが発生し、発電後の温排水を海に捨てるため温暖化対策にならないという指摘も、環境NGOなどから上がっています。
「第5次エネルギー基本計画」のエネルギーミックス
東日本震災から7年、「第5次エネルギー基本計画」におけるエネルギーミックスは大きく変わりました。
2030年の目標として、再生可能エネルギー(以下:再エネ)を将来の主力電源に位置付け、原子力は「依存度を可能なかぎり低減」させるとして半減。地球温暖化対策のため、火力も縮小するとしています。
変化の背景には、東日本大震災の他に3つの大きな動きがありました。
- 2015年9月、国連で「SDGs(持続可能な開発目標)」が採択され、再エネへのシフトが世界的に加速。
- 2015年12月、国連で「パリ協定」が採択され、21世紀中の「温室効果ガス実質ゼロ=カーボンニュートラル」が目標に。
- 2020年10月、菅義偉総理大臣が所信表明演説において「2050年までのカーボンニュートラル」を宣言。
今やカーボンニュートラルに向けた再エネシフトは、世界的な流れに。「第6次エネルギー基本計画」も、こうした情勢を踏まえたものになるはずです。
エネルギーミックスやカーボンニュートラルについては、こちらの記事で詳しく解説しています。
「第6次エネルギー基本計画」を予測
2020年12月、経済産業省の有識者会議である「総合資源エネルギー調査会・基本政策分科会」が開催。「第5次エネルギー基本計画」で示されなかった、2050年のエネルギーミックス案が提示されました。この案は「第6次エネルギー基本計画」のたたき台になると考えられており、以下のような点が注目に値します。
- 再エネの比率を50~60%に。
- 原子力、火力は30~40%とし、火力のカーボンニュートラル対策としてCCUSを導入。
- 新しい選択肢として、水素とアンモニア(合わせて10%)を追加。
それぞれの可能性を見ていきましょう。
①再エネの可能性
2050年の再エネ比率は、もっと高められるという声も聞かれます。たとえば「再エネ100%の未来」を掲げるシンクタンク「自然エネルギー財団」は、以下のような声明を発表しました。
自然エネルギー(再エネ)電力50~60%は、かねてより自然エネルギー財団が『2030年の国際水準』と言ってきたレベルにとどまる。一部のメディアでは「欧州など先進国に遜色ない水準」と報じたため、2050年ではなく、2030年の目標と勘違いした人たちもいるようだ。政府内にさまざまな議論があることは想像に難くないが、今回の数値は、議論の出発点としても、野心に欠けるものであると言わざるを得ない。
出典:自然エネルギー財団・2020年12月23日の声明
2030年までの再エネシフト100%を目標に、取り組みを進める企業も増えています。こうした民間からのボトムアップによって、「第6次エネルギー基本計画」では再エネ比率がさらに上乗せされる可能性もあります。
再エネシフトを進める企業の取り組みについては、こちらの記事を参照ください。
②CCUSの可能性
CCUSとは「Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage」の略。「CO2回収・有効利用・貯留」と訳され、火力発電所などで発生するCO2を回収し、化学品の原料に活用したり、地中深く貯留することを意味します。
北海道の苫小牧では2012年から大規模な実証実験が行われ、累計30万トンのCO2の地中圧入が完了。現在は貯留状況のモニタリングが行われています。
CCUSは大気中へのCO2排出を食い止める「夢の技術」といえますが、実用化には以下のような課題をクリアしなければなりません。
- CO2の回収・貯留にコストがかかる。
- 地震の多い日本で、地中に貯留するのは安全なのかを疑問視する声もある。
- 地中にCO2を溶かし込む際に使われる薬品「モノエタノールアミン」に毒性がある。
日本政府は引き続き実用化に向けた取り組みを進める意向なので、CCUSは「第6次エネルギー基本計画」においても重要な技術に位置付けられるでしょう。
③水素の可能性
日本政府はかねてから「水素社会」の実現を目標に掲げてきました。水素は燃焼させても発生するのは水だけ。CO2などの温室効果ガスはまったく排出しないため「究極のクリーンエネエルギー」とも呼ばれます。
既存のインフラを活用できることも、水素のメリットです。水素発電の原理は火力とほとんど変わらないため既存の火力発電所を改修して利用でき、新たな発電所をゼロから建設する必要がありません。
水素は自然界に単独では存在せず、水や化石燃料(天然ガス、石油、石炭)から取り出す必要があります。しかし化石燃料から取り出す際には、温室効果ガスが発生します。
理想的な方法は「水の電気分解」によって、水から取り出すこと。水に電気を流すと酸素と水素に分かれるという、理科の実験でおなじみの原理の応用です。その電気を100%再エネで賄うことができれば、究極の水素製造法となります。
水素をめぐる企業の動きも活発化しています。ここからは、水素をめぐる近年の業界の動きや企業の動きを見ていきましょう
業界を超えた協議会が発足
2020年12月、88社が参加した「水素バリューチェーン推進協議会」が発足しました。協議会は「サプライチェーン全体を俯瞰し、業界横断的かつオープンな組織として、 社会実装プロジェクトの実現を通じ、早期に水素社会を構築する」(団体概要より)ことを目標に掲げています。
協議会の理事は岩谷産業、トヨタ自動車、三井住友ファイナンシャルグループなど9社が務めています。これまでも個別企業ごとの取り組みは行われてきましたが、業界を超えた協力体制が生まれたことで、水素社会の実現は加速していくでしょう。
トヨタが水素エンジン開発へ
2021年4月、トヨタ自動車は水素エンジンの開発を発表。早くも5月に開催されるレースに、水素エンジンを搭載した「カローラスポーツ」を投入します。
トヨタは水素で走る車として、すでに燃料電池車の「MIRAI(ミライ)」を発売しています。こちらは「水の電気分解」と逆の原理で水素と酸素を反応させて電気を作り、モーターを回して走る仕組み。それに対して水素エンジンは、ガソリンエンジンと同じように水素を直接燃焼させます。もちろん燃焼後に、温室効果ガスは発生しません。
さらなる技術開発や水素ステーションの増設など、水素エンジンの普及にはまだ時間がかかりそうです。しかしながらトップ自動車メーカーであるトヨタが本腰を入れたことで、意外に早く身近な存在になるかもしれません。
こうした企業の活発な動きは、「第6次エネルギー基本計画」にも何らかのかたちで反映されるでしょう。
④アンモニアの可能性
アンモニアは無色透明の気体で、すでに肥料をはじめとする化学製品の原料に使われています。アンモニアは燃焼させることができるため、発電用の燃料としても期待されています。
燃焼時にCO2は発生しませんが、その代わりに発生する「N2O(一酸化二窒素)」はCO2の300倍もの温室効果があります。日本政府は石炭火力にアンモニアを混ぜる「混焼実験」を進める計画ですが、今や世界の流れは「脱石炭」。2021年4月には、石炭火力最大手のJパワーが山口県で計画していた発電所の建設を断念しました。
ESG投資においても、石炭火力はダイベストメント(投資撤退)の対象となっています。石炭とセットで語られることが多いアンモニアは「第6次エネルギー基本計画」においても、慎重に議論されることになりそうです。
⑤その他の可能性
2050年におけるエネルギーミックス案の全体像を示したのが下の図で、「非電力」を「電力」に置き換えることも大きなポイントです。「非電力」とは冷暖房や給湯、工場や製鉄所の加熱や乾燥、自動車や航空機の燃料といった「熱」を主体にしたエネルギー需要のこと。先ほど説明した「水素エンジン」も「非電力」の一種です。
このうち電気に代替できるものを再エネを中心とした「脱炭素電源」にシフトすることで温室効果ガスを抑え、カーボンニュートラルの実現を目指すというシナリオです。
カーボンニュートラルの未来像を示す「エネルギー基本計画」を
2021年4月22日から2日間にわたって、アメリカ・バイデン大統領の主導で「気候変動に関する首脳会議」がオンライン開催されました。会議には中国・習近平国家主席、ロシア・プーチン大統領ら40の国や地域の首脳が参加。アメリカは2030年までに温室効果ガス排出量を2005年比で50~52%削減することを、中国は2060年までのカーボンニュートラルを表明しています。
世界的なカーボンニュートラルの流れが加速する中、日本は東日本大震災から10年の節目を迎えました。
菅義偉総理大臣は、2030年度の温室効果ガス削減量を従来の26%から46%(2013年比)に引き上げる目標を示しました。こうした状況を受けて策定される「第6次エネルギー基本計画」は、これまで以上に野心的なものになるでしょう。
そして計画の実現に欠かせない技術開発などの取り組みをを進めるには、ESG投資の役割が重要になります。