近年、健全な企業の管理体制を整えることを目指すガバナンスの強化などを目的として、主に役員の報酬に株式を導入する「株式報酬」の導入が盛んになっています。
従来の現金報酬と比較して、株式報酬にはどんな効果が期待できるのでしょうか。
今回は、株式報酬の仕組みや種類を詳しく解説した上で、実際に株式報酬を導入している企業の事例もご紹介します。
株式報酬とは

株式報酬は、短期的もしくは中長期の業績や株価に連動して支給される「インセンティブ報酬」のうちの1つです。
インセンティブ報酬には、モチベーションの向上や株主目線をもって経営を行えるなどのメリットがあるほか、魅力的な報酬制度となり優秀な人材の流出を防ぐ効果もあります。
インセンティブ報酬は、現金で支給される“現金報酬”と株式で支給される“株式報酬”に区分することができます。
給与支給の原則
私たちが通常給与を現金で受け取っているのは、労働基準法第24条1項において、賃金を通貨で払わなければならいことが定められているからです。
【通過払の原則】
労働基準法第24条1項
賃金は通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない
こうした原則を踏まえ、現在は現金報酬に加える形で、株式報酬の導入が進んでいます。
現金報酬と株式報酬の特徴
現金報酬と株式報酬は特徴が異なります。それぞれのポイントについてご紹介しましょう。
【現金報酬】 | ・支給される金額が明確 ・その場で現金を得られるため、流動性が高く、生活費に充てやすい ・必ず手にすることができ、価値が目減りすることもない |
【株式報酬】 | ・株式での支給になるため、会社の手持ちの現金がなくても支給できる ・将来の株価に応じて価値が変動するため、成果に対するインセンティブになる ・株価が上昇すれば、大きなリターンが得られる ・従業員であるとともに、株主にもなるため、業績への意識が強まる |
支給に際しての確実性があるのは現金報酬になりますが、株式報酬では良くも悪くも変動する可能性があるので、株価の動き次第では、将来的にリターンが得られることもあるのが特徴です。
株式報酬の導入が進む背景

日経新聞の調査によれば、2019年時点での導入企業は1,500社と前年比で約2割増えており、上場企業ではおよそ42%が株式報酬を導入しています。
これほどまでに株式報酬への注目が集まっている背景としては、以下の点が挙げられます。
・ESGの推進と相まって、企業のガバナンス(※)を強化する動きが活発化している
・経済産業省主導で「攻めの経営」が推進されている
(※)ガバナンスはESGの「G」に当たります。こちらの記事で詳しく解説しています。
背景①:ガバナンスを強化する動き
ガバナンスとは、組織の不正を未然に防ぐために、経営の管理や監督を行う仕組みのことです。
ガバナンス体制を整えることで、経営者の独善的な行動や情報漏えいなどのリスクを回避することができます。ガバナンスを機能させることは、ステークホルダーとの信頼関係を築く上でも非常に重要です。
企業のガバナンスは、金融庁と東京証券取引所が中心になって策定し、2015年3月に公表された「ガバナンス・コード(コーポレート・ガバナンスコード)」によって、具体的な指針が定められています。
【ガバナンス・コードの基本原則】
東京証券取引所(https://www.jpx.co.jp/equities/listing/cg/tvdivq0000008jdy-att/nlsgeu000000xdn5.pdf)
1.株主の権利・平等性の確保
2.株主以外のステークホルダーとの適切な協働
3.適切な情報開示と透明性の確保
4.取締役会の責務
5.株主との対話
株式報酬が導入されると、役員も株主と同じ目線で自社の業績を見ることになるため、株主との平等性や、企業経営の透明性が高まることになるのです。
背景②:「攻めの経営」の推進
「攻めの経営」については、ガバナンス・コードにおいても取り上げられていますが、特に経済産業省主導で取り組みが進められています。
日本では、国内市場が縮小しており、企業のグローバル展開は今後ますます重要です。
グローバルな競争が増していく中で、企業はリスクに対処していくことが求められている一方、市場を拡大していくには、チャンスに対して果敢に挑む競争力も必要になります。
日本企業の役員報酬は、海外に比べると基本報酬(固定額)の割合が多く、業績が反映されるインセンティブ報酬の割合が低い傾向にあります。

出典:経済産業省(https://www.meti.go.jp/press/2020/09/20200930001/20200930001-1.pdf)
基本報酬の割合が大きいと、企業は必要な投資を行わず、現状維持を目指した守りの経営を行ってしまいがちです。そこで株式報酬が導入し、インセンティブが反映される仕組みをつくることで、将来の業績拡大を目指して投資が加速するなど、「攻めの経営」に転換することができるのです。
株式報酬の種類

株式報酬はその目的に応じて様々な手段があり、企業の状態や目的とする役員のインセンティブ設計に応じて使い分ける必要があります。
主な種類を報酬の授与方法と授与タイミングで整理すると、以下のようになります。

ここからは大きく「事前交付型」、「事後交付型」の2つの区分に分けてそれぞれ見ていきましょう。
事前交付型の株式報酬

「事前交付型」とは、株式報酬を受ける対象期間での勤務開始とともに、株式を交付する仕組みです。
事前交付型の中でも交付されるのが株式/株式の購入権利のどちらか、交付額を業績/勤務状態どちらで決定するかでさらに分かれています。
順々にみて行きましょう。
種類①:ストック・オプション(SO)
ストック・オプションとは、自社の株を予め定められた金額(権利行使価格)で取得することです。
将来的に企業の株価が上昇したタイミングで株式を売却することで、株価上昇分の利益を得ることができる仕組みです。
役員だけでなく、未上場企業の社員が入社時にストック・オプションの権利を得るケースも多々あります。
株価が上昇すればするほど利益も大きくなるため、業績向上に対するモチベーションが高まるほか、企業の成長性を見込んだ優秀な人材の確保にもつながるメリットがあります。
ストックオプションはさらに税法的な観点と、有償/無償の観点で分類することができます。それぞれ見ていきましょう。
税法的観点でのストックオプション
ストック・オプションは、税法的な観点ではさらに以下の2つに区分することができます。
・通常型ストック・オプション(税制適格ストック・オプション)
・株式報酬型 ストック・オプション(1 円 ストック・オプション)
有償/無償の観点からのストックオプション
また、ストックオプションには有償/無償型の切り口もあります。違いは、新株予約権の割り当ての時に、対象者から新株予約権の公正価値に相当する額を払い込んでもらうか否か、です。
払い込んでもらう方法を有償ストックオプション、払い込みを要さない方法を無償ストックオプション、と呼びます。
有償ストックオプションは株式の価値相当の金額が払い込まれるため、株主総会の承認を得ずに発行することができます。さらに、受け取る側は受け取り時に通常発生する給与所得課税がかからなくなります。
一方で、払い込みが発生するため相当な株式価値の上昇がないと、授与対象者が利益を享受できず、インセンティブが働かないという問題が発生します。
種類②:譲渡制限付株式(RS)
一定期間の継続勤務を条件として、譲渡制限付株式を事前に交付する仕組みです。
条件を達成できなかった場合は、企業が株式を没収するため、本人の利益はありません。
継続勤務することが前提となるため、優秀な人材の引き止めに効果が期待できます。
種類③:業績連動型株式(PS)
業績評価期間の開始時に譲渡制限付株式を交付し、業績目標の達成度に応じて譲渡制限が解除されます。目標が達成できていない場合は、譲渡制限を解除せず企業が株式を没収するため、本人の利益はありません。
インセンティブ報酬としての色合いが非常に強いため、目標達成への意識向上に繋がります。
事後交付型の株式報酬

「事後交付型」とは、権利確定条件が達成された後に株式を交付する仕組みです。
種類①:譲渡制限付株式ユニット(RSU)
一定期間の継続勤務などの条件を達成した後、株式を交付します。
所得税の課税の観点で言えば、株式が付与された時点で“所得”とみなされ、その後株式を売却した対ミングで差額が発生した場合に“譲渡所得”となります。
種類②:業績連動型株式ユニット(PSU)
業績評価期間の終了後、目標達成度に応じて株式を交付します。課税の考え方は、RSUと同様です。
外資系企業や、IT系企業などでは、役員だけでなく社員に対しても適用されるケースが増えています。
その場合は、“業績連動型ボーナス”として扱われていることがあります。
種類③:株式交付信託
信託を通じて、株式を交付する株式報酬です。
株式報酬の導入や運営を信託銀行が請け負うため、企業にとっては事務処理が簡素化されるメリットがありますが、必要コストが高くなります。
仕組みとしては、株式交付規程を制定した上で、業績や勤務状況などに応じて対象者にポイントを付与
し、信託期間終了後に累積したポイント数に応じた株式を交付します。
種類④:ファントムストック
ファントムストックとは、役員に対して仮想的に株式を付与したものとみなし、役員が権利行使した時の株価相当の現金が付与されるというものです。
株式を発行せずに報酬設計を行うため株式の希薄化が発生しないこと、株式発行の手続きが不要で実行負担が小さいこと、また現金報酬であるためインセンティブとして強力であることがメリットとしてあげられます。
一方でデメリットとしては、株式を保有させないため他の株主との利害関係が厳密には共有されないこと、役員の株式保有が進まないこと、一定額のキャッシュ放出があるため企業体に財務的負担がかかることが挙げられます。
種類⑤:ストック・アプリシエーション・ライト(SAR)
ストック・アプリシエーション・ライト(SAR)とは、役員に対して仮想的にストック・オプションを付与したものとみなし、役員が権利行使した時の株価上昇分相当額を報酬として現金で受け取ることができる制度のことです。
メリットやデメリットは、ファントムストックと基本的には同じです。
株式報酬の導入事例

株式報酬は元々アメリカのシリコンバレーにおいて積極的に導入されていたものが、企業経営におけるガバナンスの重要性が認識されるとともに、日本でも徐々に浸透してきているものです。
実際に、役員報酬に対して、業績に連動するパフォーマンス・シェア・ユニット(PSU)を導入している資生堂を例にとってご紹介します。
資生堂の事例①:役員報酬の考え方
資生堂は、役員報酬についての基本哲学を公表しています。
- 企業使命の実現を促すものであること
- 優秀な人材を確保・維持できる金額水準と設計であること
- 当社の中長期経営戦略を反映する設計であると同時に、中長期的な成長を強く動機づけるものであること
- 短期志向への偏重や不正を抑制するための仕組みが組み込まれていること
- 株主や社員をはじめとしたステークホルダーに対する説明責任の観点から透明性、公正性および合理性を備えた設計であり、これを担保する適切なプロセスを経て決定されること
これらを明示しているのは、資生堂が役員報酬制度をガバナンスの観点で重要視しているからであり、こうした情報開示により、経営の透明性を向上させていることが分かります。
資生堂の事例②:役員報酬の構成
資生堂の役員報酬は、以下の3つの内容で構成されています。
報酬の水準は、国内外の同業・同規模企業との比較や、財務状況を踏まえて設定しています。
・基本報酬
・年次賞与
・長期インセンティブ型報酬
※社外取締役および監査役については、業務執行から独立した立場という理由で対象外
業績連動報酬としては、単年度の目標達成に対するインセンティブを目的とした「年次賞与」と、株主との利益意識の共有と中長期での目標達成への動機づけを目的に、長期インセンティブ型報酬としての「業績連動型株式報酬(PSU)」で構成されています。
資生堂の事例③:株式報酬の導入目的
資生堂では、株式報酬の導入目的を、以下の4点に整理しています。
- 長期ビジョン・戦略目標の達成を通じた価値創造の促進
- 企業価値の毀損の牽制と長期にわたる高い企業価値の維持
- 経営をリードすることができる有能な人材の獲得・維持
- 資生堂グループ全体の経営陣の連帯感の醸成や経営参画意識の高揚を通じた“グローバルワンチーム”の実現
資生堂では2018年までストック・オプションを導入していたそうですが、新たな長期目標の設定を機に、2019年より現行のPSUに切り替えています。
参考:資生堂ホームページ
コーポレート・ガバナンスを向上させ、「攻めの経営」を

今回は、株式報酬をテーマに、その背景や種類などについてご紹介しました。
ESGの推進という観点においても、株式報酬は今後ますます導入する企業が増えていくと考えられます。
従来の固定報酬に加え、株式報酬というインセンティブ機能を追加することで、
・ガバナンス機能が向上
・企業価値や業績の向上
・中長期目線での経営促進
・ステークホルダーとの利害共有
など、さまざまなメリットが期待できます。
株式報酬にはさまざまな種類があるので、それぞれの特徴を押さえつつ、実際に株式報酬を受けることになる役員とコミュニケーションも図るのも良いでしょう。
「攻めの経営」の実現に向けて、自社の経営戦略に合った方法を検討してみてはいかがでしょうか。