近年企業価値を図る新たな観点として、「ESG」が注目されるようになっています。そしてESGの注目に伴い、役員報酬の算定にESGの観点を組み込む企業も増えています。
ESGを役員報酬の算定に組み込むことは、企業の中長期的な成長のための意思決定を後押しする一方で、定量評価が難しいことなど注意点も多くあります。
この記事ではそもそもESGとは何か?ESGを役員報酬に組み込む方法やその際の注意点について、解説していきます。
そもそもESGとは?

ESGとは、三つの単語「Environment(環境)」「Social(社会)」「Governance(ガバナンス)」の頭文字をとってできた言葉で、持続可能な社会を実現するために企業が重視すべき3つのポイントを表しています。
この言葉は、環境・社会・ガバナンスの3点を配慮した企業経営をする「ESG経営」、またESGへの取り組みの観点から企業を評価し投資を行う「ESG投資」等の文脈で使われています。
ESGについて詳しく知りたい方は、こちらの記事をご覧ください。
役員報酬にESGを組み込むとは?

役員報酬にESGを組み込むとは、役員報酬を決定する際の観点として通常用いられる利益や成長性といった財務指標に加えて、環境への貢献、社会貢献といった非財務指標も用いることを言います。
非財務指標の例としては、以下が挙げられます。
- CO2の削減
- リサイクル促進など環境負担軽減の取り組み
- 女性・障害者の雇用促進で平等な雇用の実現
- 社会ボランティア活動
ESGを評価項目に組み込む動きは年々加速しており、現在米S&P500種株価指数の51%の255社、英FTSE100種総合株価指数の73%の72社が報酬制度にESG指標を組み入れています。
また日本でも、日経500種平均株価の構成企業の内1割弱の33社が役員報酬の評価項目にESG関連を採用しています。
役員報酬にESGを組み込むメリット

役員報酬にESGの観点を組み込むメリットは、企業役員のESGへの取り組み意識へのインセンティブを強められることです。
近年世界ではESGに取り組んでいる企業に投資する「ESG投資」の動きが非常に活発になってきており、世界全体の資産運用額に占めるESG投資の割合は2018年段階で33.4%にも上っています。
その結果としてESGに取り組むことが企業価値向上の重要指標となり、世界の大企業ではCO2排出量の削減をはじめとしたESGの取り組みが活発化しています。
一方で利益を目的とする企業体が非財務指標に注力する意思決定をするのは難しいため、役員報酬の決定要因にESGを組み込むことで、ESGへの取り組み意識を強められるのが大きなメリットとなります。
役員報酬にESGを組み込む上での注意点・企業事例

役員報酬にESG指標を組み込む際には、注意すべき点があります。
それぞれの注意点と関連する企業事例を以下で詳しく紹介していきます。
注意点1:透明性の担保
役員報酬の設定では透明性の担保は大前提となりますが、ESG指標を組み込む際には一層重要となります。
その理由は、従来役員報酬の決定に使用されている財務指標とは異なり、ESG指標は非財務指標のため数値化しにくいものが多く、恣意的な操作が容易だからです。
客観的公平性を保つ手法の1つとしては、外部評価の活用があります。以下は外部評価を活用する企業が役員報酬の決定に用いている外部評価の例です。
会社名 | 用いている外部評価 |
リコー株式会社 | 外部のESG指数への採用 |
オムロン株式会社 | DJSIにおける 企業サステナブルランキング、他 |
花王株式会社 | 「The Most Ethical Companies」 への選出 |
この方法の課題点としては、外部評価は先進的で大規模な一部の企業に限られるため、活用できない企業が多いという点です。
その場合は自社でESG評価を構築することになりますが、恣意性の排除のために評価基準・報酬算定方法を予め公開し、報酬指紋委員会などの外部チェックを通すことで制度設計をしておく必要があります。
また、方法が確立されていないESGの役員報酬反映においては適切な方法の見直しを迫られることも多いため、見直しプロセスや方法についても設計しておくことが求められます。
注意点2:ESG指標に連動させる報酬の割合設定
役員報酬を決定する際には、報酬のうちどの割合を指標連動型の変動報酬にするか、さらに変動報酬の中でもどの程度をESG指標によって決定するか、を決定する必要があります。
報酬全体の中でESG指標が占める割合が小さいとESGインセンティブが弱くなる一方で、比率を大きくしすぎると本業の利益を損なうような意思決定の歪曲が起こる可能性があるため、他社比較や役員の行動に応じて調整して行くことが求められます。
注意点3:損金不算入
ESGによる変動報酬は損金算入の要件を満たしていないため、損金不算入になります。
損金算入の要件には、「利益の状況を示す指標」「株式の市場価格の状況を示す指標」「売上高の状況を示す指標」をベースとしたものであることが要件ですが、ESGは非財務指標であり上記要件を満たすことができません。
注意点4:時間軸の設定
ESGを役員報酬に組み込む際には、ESGの取り組みをどの程度の期間で評価するか、の時間軸の設定が重要となります。
他の財務指標と異なりESGは中長期的に企業価値が向上するものであると考えられているため、一般的には中長期の業績連動型報酬である株式報酬に反映させる場合が多いです。
また、中長期での評価を想定する場合は、任期途中の役員の交代が起こる場合の対応方法も加味する必要があります。
注意点5:役員のインセンティブとしての効果
ESG指標は売上などの財務指標と異なり、役員の取り組みの目標への寄与度合いが非常にわかりにくい領域です。そのため、役員の行動の変革に繋がりづらいことが懸念として挙げられます。
例としては、社員の離職率の減少を役員報酬の指標とした時、離職率の減少にかかる要因を役員が理解していなければ行動への落とし込みが非常に難しくなってしまいます。
そのため、ESGを指標とした際の役員の行動変革を確認した上で、インセンティブが最大となるような最適な設計を模索する必要があります。
まとめ

ESGは中長期的に企業価値に寄与するとされる取り組みですが、経営者のモチベーション、とりわけ持株のない外部経営者のモチベーション設計が非常に難しい分野です。
そのインセンティブ設計として役員報酬にESGを組み込む方法も未だ確立しておらず、各社最適な方法を模索しています。
一方で適切な設計によって役員の行動設計ができれば、企業価値に大きく寄与しうる分野でもあります。役員報酬の再設計を検討してみるのも、経営における重要意思決定の1つかもしれません。