ESGへの関心が高まる中で、コーポレート・ガバナンスの中でも重要な役員報酬の重要性が見直されています。
日本は海外に比べ、役員報酬額のうちインセンティブが占める割合が低いことが課題になっています。
固定的な報酬に依存することは、守りの経営につながるリスクがあり、日本企業の競争力低下が懸念されています。
今回は、インセンティブ報酬の中でも、短期的な業績に基づいた「短期インセンティブ」の考え方について、詳しく解説していきます。
短期インセンティブとは

インセンティブとは、個人や組織の業績を反映させた報酬のことです。
インセンティブは、1年以下の業績や成果をもとに支給される「短期インセンティブ」と、1年以上(通常3年程度)の業績や成果をもとに支給される「長期インセンティブ」に区分されます。
長期インセンティブは、ストックオプションなど株式を用いることもありますが、短期インセンティブは、現金での付与が前提になります。
なお、多くの日本企業では、業績や成果を反映した「年次賞与(ボーナス)」が導入されていますが、厳密に言うと短期インセンティブとは異なるので注意しましょう。年次賞与は、支給額の決定基準が明確にされていないことが多いですが、短期インセンティブは基準を明確に公表する必要があり、より成果直結型の報酬制度と言えます。
短期インセンティブの種類

短期インセンティブは、以下の3つに区分することができます。
- プロフィット・シェアリング:会社の計上した利益の一部を支給する
- ゲイン・シェアリング:部門の目標達成時に部門に支給する
- 個人別インセンティブ:個人の目標達成時に個人に支給する
1は「プロフィットシェア型」、2・3は、支給すべきターゲットに応じて報酬が決まることから「ターゲット型」とも呼ばれます。
欧米企業で導入されている短期インセンティブ
欧米企業では、2・3のようなターゲット型が主流で、業績目標を達成した際に、ターゲット水準の100%、業績に応じてターゲット水準の0〜200%の範囲で、短期インセンティブの支給水準を具体的に設定しているケースが一般的です。
日系企業で導入されている短期インセンティブ
日系企業では、一部の大手商社などで1のプロフィット型が導入されているケースもありますが、ターゲット型を導入している企業の方が優勢です。
しかし、同じターゲット型であっても、日系企業は欧米企業に比べて、下限・上限といったインセンティブカーブの設定方法や業務目標とインセンティブの関係性を明確に開示している企業が少ないのが実態であり、この点を明確化することが課題となっています。
短期インセンティブのメリット・デメリット

まず、インセンティブ報酬を導入することで期待できる効果を整理してみましょう。
主な効果として、以下の3点が挙げられます。
- インセンティブ効果:モチベーションの喚起
- ガバナンス機能の向上:株主目線を活かした経営の実施
- リテンション効果:優秀な人材の流出防止および獲得
ESGの観点で重要な「ガバナンス」については、こちらの記事でご紹介しています。
インセンティブ報酬には、さまざまな効果が期待できるということを踏まえた上で、短期インセンティブのメリット・デメリットを解説します。
短期インセンティブのメリット
まずは短期インセンティブのメリットを大きく2つ紹介します。
メリット①:業績に対する意欲向上
業績向上が直接的に報酬の増加につながるため、役員の業績に対する意欲が向上しやすくなります。
特に短期インセンティブは、1年という短い期間での成果発揮が求められるため、長期インセンティブに比べて、業績向上への動機付けをより強く行える点がメリットです。
メリット②:現金支給である安定性
短期インセンティブは、基本的に現金での支給になるため、得られる報酬額が明確です。株式交付が含まれる長期インセンティブとは異なり、株価などの影響を受けないため安定性があります。
短期インセンティブのデメリット
短期インセンティブには上記のように導入メリットがある一方で、トレードオフ的に発生するデメリットが存在します。ここからは主な2つのデメリットを見ていきましょう。
デメリット①:計算式などの開示が必要
短期インセンティブのような業績に連動する報酬を設ける際は、報酬額の計算式等を開示することが求められます(詳しくは次の項目で解説します)。よって、明確な計算式を検討した上で報酬額を決定する必要があります。
一方、ガバナンス機能の強化という意味では、計算式を公開することは透明性があり良いのですが、心象として、全てが開示されてしまっていることに抵抗を感じる役員もいることでしょう。
“そういうものなのだ”と割り切ってしまうほかありませんが、個人の感情への配慮が必要なケースもあるのが実情です。
デメリット②:短期的な業績に目が向きがちになる
モチベーションの観点では、短期の方が目標に向かって行動しやすいですが、逆に短期での業績ばかりを意識することで、中長期的な視点を持ちにくくなってしまう可能性があります。
従業員であれば大きな問題はないかもしれませんが、経営を直接担う役員ともなれば、そうもいきません。
経営を考える上で、中長期的な視点は必須のため、仮にインセンティブが短期の実績に応じたものであったとしても、中長期的な視点を持ち続ける必要があります。
短期インセンティブの導入要件

短期インセンティブは明確な計算式を公表する必要があるという点を前述しましたが、改めて短期インセンティブを導入する際に必要な要件について、解説します。
短期インセンティブは、会社の利益に関する指標をもとに算出されるため、基準となる利益の指標を明確にする必要があります。
※ここでは、短期インセンティブ=業績に連動する報酬(業績連動給与)という解釈をしています。
国税庁が定める要件をまとめると、以下の通りです。
算定方法が有価証券報告書に記載されており、その事業年度の利益に関する指標を基礎とした客観的なものであること
上記の内容を大原則として、さらに3つの要件が加わります。
- 確定額を限度とし、他の業務を執行する役員に対して支給する業績連動給与に係る算定方法と同様の方法で決定されていること
- 業績連動給与の対象となる会計期間の期首日から3か月を経過する日までに、報酬委員会が決定していること
- 業績連動給与の内容は、報酬委員会の決定又は手続終了の日以後、遅滞なく有価証券報告書に記載されること
他にも、支払いのタイミングや会計処理などについての要件もあり、短期インセンティブを導入する際には、こうした内容を事前によく確認することが必要です。
短期インセンティブを活用して企業の競争力向上へ

インセンティブ報酬の中でも、期間を限定した短期インセンティブの特徴についてご紹介しました。
インセンティブ報酬は海外では一般的であるものの、日本では導入ができていなかったり、導入していても情報開示が不足しているなどの課題も残されています。
従来の固定的な報酬の割合が減り、インセンティブ報酬が増えることで、役員のモチーべションや優秀な人材の引き留め・確保につながるというメリットがあるのはもちろんですが、その先に見据えるべきは企業としての競争力を向上させることです。
これからますますグローバル化が進んでいく中で、世界の企業とも戦える競争力が求められています。一見経営からは遠い話に思える役員報酬も、企業の競争力向上に繋がっているということを念頭に、ぜひ自社の役員報酬制度を見直してみてはいかがでしょうか。