2021年3月末に、コーポレートガバナンスコードが改定されました。ESGの組み込み、企業成長のための攻めのガバナンス、東証市場改変に合わせた上位市場のガバナンス強化など改定の目的は多岐に渡ります。
上場企業はこの変更に伴い、改定版を遵守したコーポレートガバナンス報告書の提出が求められることになるため、企業経営者はこの変更内容を詳細に把握しておく必要があります。
この記事ではコーポレートガバナンスコードの意味、目的や近年の動向、そして今回の改定による変更内容について解説していきます。
コーポレートガバナンスコードとは?
コーポレートガバナンスコードとは、上場企業の企業統治(コーポレートガバナンス)においてガイドラインとして参照すべき原則・指針のことです。
企業統治/コーポレートガバナンスとは、企業の組織不祥事を防止するために社外取締役/監査役など社外管理者が経営を監視する仕組みのことです。
不透明な企業経営の中で株主やステークホルダーの利益最大化を損なう事象の防止、さらには長期的な企業価値向上を目的としてコーポレートガバナンスコードは各国で策定されています。
日本でも2015年にコーポレートガバナンス・コードが公表されていて、上場会社が遵守すべき要項として存在しています。
コーポレートガバナンスの目的の時代変化
ここでコーポレートガバナンスを理解する上で重要となる、近年のコーポレートガバナンスの役割変化について見ていきましょう。
上記で述べたように、もともとコーポレートガバナンスとは企業不祥事を防いで正しい経営を行うための規律、言い換えれば守りの意味合いが強いものでした。
一方で、近年ではそれだけでなく、企業価値向上のための大胆な意思決定や戦略を支援する「攻めのガバナンス」としての意味合いも強まっています。
その背景としては、日本経済・日系企業の企業価値の低迷の原因としてコーポレート・ガバナンスが捉えられている近年の傾向にあります。
コーポレートガバナンスは主に経営者のマインドに寄与するものであるため、適切なガバナンスによってその強化をし、グローバル競争に打ち勝つ攻めの経営判断を後押しする仕組みを強化していくことが重要である、ということです。
法令遵守的な意味合いに加えて、このような流れの中で、法令遵守的な守りのガバナンスに加え、企業価値向上のための攻めのガバナンスも加わった上で、コーポレートガバナンスコードが2015年に制定されています。
2021年のコーポレートガバナンスの変更点
2021年4月7日に金融庁がコーポレートガバナンスの改正案を公表し、パブリックコメントの受付が開始しました。
最後の変更の2018年から3年以上経過しており、ESGの組み込みや2022年の東証市場再編に合わせたガバナンス構築を行うことが主な目的となっています。
ここからは今回の変更点一覧と、その重要ポイントを順に見ていきましょう。
まず現在のコーポレートガバナンスコードに対して、5つの原則の新設、そして14の原則への追加・修正が施されています。
今回の変更に伴い新設された原則は以下の5つとなります。
https://www2.deloitte.com/content/dam/Deloitte/jp/Documents/risk/srr/jp-srr-revision-of-cgc-1.6.pdf
該当番号 | 本文 | 詳細 |
2−4① | 女性の活躍推進を含む 社内の多様性の確保 |
中核人材(管理職層)の多様化と開示 |
3−1③ | 情報開示の充実 | サステナビリティへの取り組み、人的資本への投資の開示 TCFDの枠組みでの気候変動に対する方針と影響の開示 |
4−2② | 取締役会の役割・責務(2) | サステナビリティへの取組み、 人的資本への投資に対する取締役会の責務 |
4−8③ | 独立社外取締役の有効な活用 | 支配株主がいる場合、独立社外取締役過半数 支配株主がいる場合、独立社外取締役1/3以上 もしくは、独立社外取締役を含む特別委員会の設置 |
5−2① | 経営戦略や経営計画の策定・公表 | 事業ポートフォリオの策定と開示 |
また、今回の変更に伴い追記・修正された項目は以下の通りです。
1−2④ | 株主総会における権利行使 | 議決権電子行使プラットフォームの利用 |
2 | 株主以外のステークホルダーとの適切な関係 | 「考え方」にサステナビリティ(ESG)への対応強化を追加 |
2−3① | 社会・環境をはじめとする サステナビリティを巡る課題 |
「気候変動」「人権の尊重」「従業員の健康」 等への対応強化を追加 |
3−1② | 情報開示の充実 | 英語での情報開示 |
4 | 取締役会等の責務 | 支配株主からの少数株主の保護 |
4−2② | 取締役会の役割・責務(2) | サステナビリティへの方針策定 人的資本・知的財産への投資に対する取締役会の実効性 |
4−3④ | 取締役会の役割・責務(3) | 内部統制の、全社/グループ全体への 整備に対する取締役会の責務 |
4−4 | 監査役および監査役会の役割・責務 | 監査役会による選解任の対象に監査役を追加 |
4−8 | 独立社外取締役の有効な活用 | 独立社外取締役1/3以上。状況によっては過半数 独立社外取締役2名以上。状況によっては1/3以上 |
4−10① | 任意の仕組みの活用 | 独立社外取締役が半数以下の場合、独立社外取締役を 中心とした指名委員会、報酬委員会の設置。 指名・報酬委員会を独立社外取締役過半数で構成 |
4−11 | 取締役会・監査役会の実効性確保のための前提条件 | 取締役会の多様性に職歴と年齢を追加。 |
4−11① | 取締役会・監査役会の実効性確保のための前提条件 | スキルマトリックスの作成・開示。 独立社外取締役の要件に他社での経営経験の追加 |
4−13③ | 情報入手と支援体制 | 内部監査部門から取締役会への直接報告の仕組み ・監査役会の機能発揮を追加 |
5−1① | 株主との建設的な対話に関する方針 | 株主との対話対応者に監査役を追加 |
金融庁のホームページでは、今回のコーポレートガバナンスコード改定の要点を「取締役会の機能発揮」「サステナビリティをめぐる課題への取り組み強化」「企業の中核人材における多様性の確保」の三つに分けて議論しています。
ここからは、この大きな3つのポイントとそれ以外のポイントに整理して、それぞれ詳しく見ていきます。
ポイント1:取締役会の機能発揮
今回の改定の目的における一番のポイントは、取締役の機能発揮です。
特にポイントとなるのは、今回非常に多くの項目にて「独立社外取締役」が登場することです。今回の変更では、取締役会の実質的運営主体を独立社外取締役へ移行するため、取締役会や各組織の社外取締役の比率を厳格に設定しています。
また、独立社外取締役の質担保のための規則も盛り込まれており、取締役の素養・経験およびバランスを一覧にしたスキルマトリックスの開示、また独立社外取締役には経営経験者を含めるべきという条件の追加により、適切なガバナンス体制の構築を目指しています。
また、支配株主を有する上場会社、また東証市場の上位区分の上場企業にはより高水準の取締役構成を要求している点も大きな特徴の一つです。
また、取締役会のみならず、それを支える指名委員会、報酬委員会などへも独立社外取締役を中心とした独立性を求めており、透明・果断な経営判断による攻めのガバナンスの促進を目指す考えが伺えます。今回の改訂における一番重要なポイントとなります。
ポイント2:サステナビリティをめぐる課題への取り組み強化
今回のコーポレートガバナンスコード改定のポイントの2つ目は、「サステナビリティ課題への取り組み強化」です。
サステナビリティ課題とは、CO2削減による環境配慮や女性社員比率の上昇による社会配慮など、企業が中長期的に成長していくうえで解決すべき課題のことを指し、特に企業の取り組みについてはESG(Environment/Social/Governance)とも呼びます。
今回のコーポレートガバナンスコードの改定では、主に「環境」「人的資本」に関しての規定が盛り込まれる形となっています。
環境
今回の改定により、気候変動などの地球環境問題への対応が新規項目として追加されています。
また環境問題への対応のみならず、上場企業にはサステナビリティ課題への取り組みへの開示義務が課され、さらに市場の上位区分であるプライム上場企業に対しては、気候変動によるリスクと収益機会についてTCFD(または同等の枠組み)に基づいたデータ収集と分析、そしてその開示が求めています。
人的資本への投資
今回の改定では人的資本についてもサスティナビリティの項目として新たに追加されており、「人的資本と知的財産」「人的資本と投資」といった内容で重要項目として取り上げられています。
人的資本への投資が注目される背景としては、アメリカ等の諸外国企業と比較した日本企業の特徴として、投資額中無形資産(大半を人的資本が占める)の割合が低いことがあります。
アメリカでは2000年に無形資産への投資額が有形資産への投資額を上回っており、知的財産やそれを生み出す人がレバレッジのきく投資対象であると捉えられている一方、日本では以前有形資産への投資が大きく上回っています。
投資家間ではこの差が日米の経済成長の差となっているという見解も強く、今後海外投資家からの注目を呼び込むために日本企業に人的資本への投資を促すことが、目的としてあります。
その他
今回取り上げられたサステナビリティではその要素として「人的資本」「環境」が大きく占めるものの、それ以外にも「人権の尊重」「従業員の健康」「労働環境」「公正・適正な取引」など広く例示されており、総合的に企業の持続的成長を求める内容となっています。
ポイント3:企業の中核人材における多様性の確保
3つ目のポイントは、「企業の中核人材における多様性の確保」です。
今回の改定で、企業の管理職における人材の多様化の原則が新設されています。
多様性に当てはまる代表的な項目としては女性、外国人、中途採用者が挙げられており、主項目に対しては自主的な目標設定と開示が求められています。
また、多様性に向けた社内環境整備や人材育成の方針と実施状況の開示も求められています。
その他のポイント
これまでに話した3つのポイント以外にも、重要となる改定内容は多くあります。
例としては、今回監査役の重要性が上がっています。「監査役会の機能発揮」項目の追加や、5-1の株主との対話においても、面談すべき対応者に監査役が追加されています。経営陣への監督機能として、社外取締役と同じく監査役の重要性も上がっており、取締役会の機能強化の一環となっています。
また、原則そのものではありませんがその考え方において、上場会社の支配株主の責任(「会社及び株主共同の利益を尊重」、「少数株主を不公正に取り扱ってはならない」)について言及していることも大きな特徴の一つとなっています。
また上記の他にも、東証の新市場区分の中のプライム市場おいて、「子会社」において、独立社外取締役を過半数選任又は利益相反管理のための委員会の設置、議決権電子行使プラットフォーム利用と英文開示の促進が求められています。
市場再編とコーポレートガバナンスコード改定の関連性
今回の改定と、東証の市場再編の関連性について見ていきます。
今回コーポレートガバナンスコードが改定された背景として大きいのが、2022年の東証市場再編です。
東証は2022年4月から東証一部・二部をはじめとした従来の上場企業区分を一新し、新たにプライム市場・スタンダード市場・グロース市場の3市場に再編することを発表しています。
コーポレートガバナンスコードの改定では各市場ごとに異なる条件が適用されており、自社の区分によって遵守すべきガバナンスコードが異なるため、注意が必要です。
今回の変更点をプライム/スタンダード市場で整理すると以下のようになります。
表を見てもわかるように、プライム市場上場会社向けにより高度なガバナンスが規定されているのが大きな特徴の一つです。
市場再編の背景には、各市場区分の境界が曖昧になっていること、東証一部の企業の増加により一部への上場価値が担保されなくなったことで、国内の投資市場が不透明になり市場健全性が損なわれていることがあります。
そのため市場を再編した上で最上区分であるプライム市場に高度なガバナンスを課すことによって、市場の健全性を復活させることが大きな目的の一つとなっています。
プライム市場に限定されて発動される条件としては、「1/3以上の独立社外取締役の設置」「指名・報酬委員会の社外取締役比率1/2以上」「議決権電子行使プラットフォームを利用可能な状態にする」「英文開示・説明」「気候変動による自社への影響に関する TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)等の枠組みに基づいた開示の充実」があげられます。
今後上場企業に求められる対応
今回のコーポレートガバナンスコード改定に伴い、上場企業はその対応を行う必要があります。
具体的な案は以下の通りです。
5月7日 | パブリックコメント受付終了 |
6月 | 改定コーポレート・ガバナンスコード施行 |
6月30日 | 新市場区分の移行基準日 |
9~12月 | 移行手続き期間 |
12月31日 | 移行計画書の開示 |
2022年 4月4日 |
区分移行 |
各種改定には株主の同意が必要ですが、株主総会は通常6月に開催されるため、早期の準備が必要となります。
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