国際的な取り組みであるSDGs。17の目標の3番目は「すべての人に健康と福祉を」です。世界全体で見ると達成している国はいくつかあるものの、まだまだ課題が大きいのが現状。日本の政府や企業では、どのような取り組みをしているのでしょうか。
SDGsとは?

SDGs(エスディージーズ)は「Sustainable Development Goalsの略。日本語では、「持続可能な開発目標」と訳されています。
SDGsには全部で17の目標(Goals)があります。17の目標はそれぞれに関連し合い、全体として「誰一人取り残さない」持続可能な世界の実現を目指しています。人権問題や環境問題、経済の発展など多岐にわたる内容です。
SDGsの各目標には、より具体的な取り組みを定める169のターゲットと232の指標も設定されています。
2015年9月の国連サミットで採択され、国連に加盟する193の国が2030年までに達成しなければならないとされました。
それぞれの項目について各国の達成度が確認できる「Sustainable Development Report」という公式サイトも公開中です。
SDGsの目標3「すべての人に健康と福祉を」とは?

SDGsの17の目標のうち、目標3は健康と福祉に関する目標です。目標3には死亡率の改善や感染症対策などに関するターゲットが設定されています。
SDGs目標3と13のターゲット
SDGsの目標3は「すべての人に健康と福祉を(Good health and well-being)」。「あらゆる年齢の全ての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する」という目標です。目標3には13のターゲットが設定されています。
3.1〜3.9はSDGsの目標3を達成するためのより具体的な目標を、3.a〜3.dは具体的な手段を述べるものです。
3.1 | 2030年までに、世界の妊産婦の死亡率を出生10万人当たり70人未満に削減する。 |
3.2 | 全ての国が新生児死亡率を少なくとも出生1,000件中12件以下まで減らし、5歳以下死亡率を少なくとも出生1,000件中25件以下まで減らすことを目指し、 2030年までに、新生児及び5歳未満児の予防可能な死亡を根絶する。 |
3.3 | 2030年までに、エイズ、結核、マラリア及び顧みられない熱帯病といった伝染病を根絶するとともに肝炎、水系感染症及びその他の感染症に対処する。 |
3.4 | 2030年までに、非感染性疾患による若年死亡率を、予防や治療を通じて3分の1減少させ、精神保健及び福祉を促進する。 |
3.5 | 薬物乱用やアルコールの有害な摂取を含む、物質乱用の防止・治療を強化する。 |
3.6 | 2020年までに、世界の道路交通事故による死傷者を半減させる。 |
3.7 | 2030年までに、家族計画、情報・教育及び性と生殖に関する健康の国家戦略・計画への組み入れを含む、性と生殖に関する保健サービスを全ての人々が利用できるようにする。 |
3.8 | 全ての人々に対する財政リスクからの保護、質の高い基礎的な保健サービスへのアクセス及び安全で効果的かつ質が高く安価な必須医薬品とワクチンへのアクセスを含む、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)を達成する。 |
3.9 | 2030年までに、有害化学物質、並びに大気、水質及び土壌の汚染による死亡及び疾病の件数を大幅に減少させる。 |
3.a | 全ての国々において、たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約の実施を適宜強化する。 |
3.b | 主に開発途上国に影響を及ぼす感染性及び非感染性疾患のワクチン及び医薬品の研究開発を支援する。また、知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)及び公衆の健康に関するドーハ宣言に従い、安価な必須医薬品及びワクチンへのアクセスを提供する。同宣言は公衆衛生保護及び、特に全ての人々への医薬品のアクセス提供にかかわる「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)」の柔軟性に関する規定を最大限に行使する開発途上国の権利を確約したものである。 |
3.c | 開発途上国、特に後発開発途上国及び小島嶼開発途上国において保健財政及び保健人材の採用、能力開発・訓練及び定着を大幅に拡大させる。 |
3.d | 全ての国々、特に開発途上国の国家において、世界規模の健康危険因子の早期警告、危険因子緩和及び危険因子管理のための能力を強化する。 |
ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)とは?
SDGs目標3のターゲット3.8に「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)」という言葉が登場しました。UHCはSDGsアクションプラン2021にも頻繁に登場する重要な語句です。
UHCとは、「すべての人が、適切な健康増進、予防、治療、機能回復に関するサービスを、支払い可能な費用で受けられる」ことを意味します。どのような人であっても、支払いが困難にならないよう保健医療サービスを受けられるようにすることが目標です。
UHCの全体像は、以下の画像のようなイメージとなります。

UHCの実現には、「保健医療サービスが身近に提供されている」「保健医療サービスの利用にあたって費用が障壁とならない」という2点が大変重要です。
「保健医療サービスが身近に提供されている」状態にするには、医療施設・医薬品・医療機材・医療スタッフや、保健医療サービスを必要なときにきちんと利用できるという文化が必要。費用面については、医療費の自己負担額・施設までの交通費・闘病による収入減などが問題になり得ます。
SDGs 3を取り巻く現状

SDGs目標3の達成状況については、国連のSDGs進捗報告サイト「Sustainable Development Report」から見ることができます。「Interactive Map」の画像とともに、世界や日本の状況を見ていきましょう。
SDGs 3を取り巻く現状【世界編】

2020年末までにSDGs目標3を達成した加盟国は4か国。上の画像で緑色になっているところが目標3を達成したノルウェー、スウェーデン、イスラエル、オーストラリアです。赤くなるほど、まだまだ課題が大きい国・地域となっています。
西ヨーロッパの多くの国々は達成まであと一歩、北米や中国などでは重要な課題が残っているという状況です。ロシアや南米では達成しているターゲットと未達成のターゲットが混在。アジアおよびアフリカの国々では依然として大きな課題が残っている状況です。
過去20年間で見れば、世界の子どもの死亡率は大きく減少しました。下のグラフで示すように、2000年には1000人あたり約76人の5歳未満の子が死亡していましたが、2018年には1000人あたり約38人にまで減少しています。

一方、ターゲット3.7のうち現代的な避妊の方法を用いることで計画的に妊娠・出産を行うことについて、この10年間できちんと計画的に避妊・出産できている割合はわずかに増加しました。
しかし、アフリカのサハラ以南では大きな課題が残っています。妊娠を望んでおらず現代的な避妊方法を用いている女性は約2人に1人しかないためです。
世界全体で見ると、2億5000万人の女性がきちんと避妊できていないと報告されました。
COVID-19の流行によって健康診断を受けられなかったり、避妊のための方法を講じられなかったりするなどの状況も見られたため、多数の意図しない妊娠が発生する可能性があるとも指摘されています。
死亡率やCOVID-19以外の感染症の状況などを見ると過去20年の状況は改善してきてはいるものの、このペースではSDGs目標3を2030年までに達成することは困難と予測されています。
SDGs 3を取り巻く現状【日本編】

日本政府では全ての閣僚を構成員として「SDGs推進本部」を、その下に有識者による「SDGs推進円卓会議」を設置しています。
SDGs実施指針の策定や改定を行うとともに、SDGsアクションプランを毎年公表。SDGsへの取り組み好事例を表彰する「ジャパンSDGsアワード表彰」もあります。
これらの指針やSDGsアクションプラン、表彰された企業などは「JAPAN SDGs Action Platform」で閲覧可能です。
日本のSDGs全体の達成度は17位

「Sustainable Development Report」によれば、日本のSDGs進捗ランキングは193か国中17位。100点満点中79.17点でした。SDGsの目標のうち、目標4、9、16の3つを達成しています。
それに対して、SDGsの目標3の達成にはあと一歩の取り組みが必要です。目標3全体としては8割以上達成していますが、結核の発生率や福祉が充実していると感じられるかどうかといった点へのさらなる取り組みが期待されています。
SDGsの目標3に関する日本での取り組み
日本でのSDGs目標3に対する2021年以降の取り組みは、「SDGsアクションプラン2021」で示されています。
その中で、目標3に関わる取り組み(一部)は以下のとおりです。
厚生労働省 | 新型コロナ感染症から国民の命を守る体制の確保 新型コロナ感染症ワクチンへの公平なアクセスの確保 ASEAN感染症対策センターの設立 データヘルス改革の推進 国内の「健康経営」の推進 |
文部科学省 | 国内外の感染症研究基盤の強化 感染症の予防・診断・治療に資する基礎的研究の推進 |
環境省 | スギ・ヒノキ林の花粉症対策苗木等への植替 専門家等で構成する「地域循環共生圏づくりプラットフォーム」の構築 野生鳥獣由来の人獣共通感染症への対策 微小粒子状物質(PM2.5)等への総合対策 子どもの健康と環境に関する長期的かつ大規模な出生コホート調査の実施 |
健康や福祉に取り組むSDGs目標3に関する直近の取り組みとしてはCOVID-19への対応が中心。しかし同時に、以前から問題となってきた感染症や花粉症、PM2.5に対する対策の他、健康・福祉分野へのICTの活用、企業における健康経営の取り組みも欠かせません。
企業の「健康経営」と「健康経営優良法人認定制度」

さて、日本での取り組みに登場した「健康経営」という言葉。どのような経営を意味しているか、ご存知でしょうか。
健康経営は、NPO法人健康経営研究会の登録商標。経営的視点から従業員の健康管理を考え、戦略的に実践することを意味します。従業員の健康を維持・増進することに取り組み、それによって会社の将来的な収益性を高めることができるという考え方です。
日本には経済産業省による「健康経営優良法人認定制度」があります。大企業等で健康経営の上位にいる法人は「健康経営優良法人」と呼ばれ、特に上位500法人は「ホワイト500」と呼ばれます。
中小企業等では、健康経営優良法人として認められた法人のうち上位500は「ブライト500」と呼ばれ、2020年度から選定されるようになりました。
なお、ホワイト500のうち、東京証券取引所の上場企業で「健康経営」に優れたていると認められた場合は「健康経営銘柄」にも指定されます。ESG投資を行うとする投資家にも積極的な情報提供が行われますので、社会での評価がより高まるでしょう。
ESGについては、以下の記事で詳しく解説しています。
SDGs 3達成のための企業の取り組み事例

SDGsの目標3達成に向けて、日本の企業ではどのような取り組みが行われているのでしょうか。
外務省「JAPAN SDGs Action Platform」の「取組事例」および経済産業省の「健康経営優良法人2021(中小規模法人部門)認定法人取り組み事例集」(令和3年3月発行)から、目標3に対する企業の取り組み事例を3つご紹介しましょう。
企業事例1:日本電気株式会社(NEC)
SGDs目標3への取り組みとして、日本電気株式会社(NEC)は長崎大学と行う国際的活動や、医療法人社団KNIと連携した国内の医療現場の問題改善を行っています。
長崎大学との取り組みは、途上国における母子保健活動の促進と予防接種普及。たとえば、ケニア・クワレ郡でのフィールド実証があります。
ケニア・クワレ郡では、NECのシステムを使って現地の保健所で母親の指紋と顔画像を使い、母子保健情報システム(WIRE)と連携。母子手帳や身分保証書がなしでも生体認証による本人確認を可能にし、出生情報・病歴・治療歴・予防接種の有無なども確認できるよう整備しました。健康対策の立案・評価にも活用可能です。

~出生登録などの法的身分証明の提供に向けてケニアで実証実施~」
一方、KNIとの活動では、AIを活用した業務の効率化と医療の質の向上を目指す「デジタルホスピタル構想」の実現に取り組んでいます。たとえば、KNI電子カルテ情報とNECのAIを用いた分析による患者の不穏行動(急性の錯乱状態)の予兆検知、誤嚥性肺炎のハイリスク患者の抽出といった実証事件があります。
患者の不穏行動の検知では、40分前までの予兆の検知で71%という精度を達成。誤嚥性肺炎のハイリスク患者抽出では、看護師の業務負荷を高めずに発症数を低減させることに成功しました。
企業事例2:株式会社島津製作所
株式会社島津製作所でも、目標3の達成に向けた積極的な取り組みを行っています。
ターゲット3.2における新生児死亡率や5歳児以下死亡率低下への取り組みでは、新生児の先天性異常及び疾患の早期診断に貢献。島根大学との共同研究により、たった1〜2分で20種類以上の病気を一度に検査できる分析法を開発し、普及に取り組んでいます。
また、ターゲット3.6の世界の道路交通事故による死傷者の半減に関しては、自動車の前方衝突回避システムに使うミリ波レーダー用成膜装置の部分で開発を支援してきました。
ターゲット3.9の有害化学物質や大気・水質・土壌の汚染による死亡及び疾病の減少への取り組みでは、新興国へ分析・計測機器を提供。中国市場向けには、工場の製造工程における排ガス中のVOCを常時測定し監視できる装置を開発・提供、ベトナムにはベトナムでは環境犯罪の抜き打ち調査に必要となる分析設備を搭載した特殊車両を提供しました。

他にも、がんや心血管疾患などの診断精度向上・治療の支援、予防医療に向けた代謝物分析、機能性食品開発支援など、これまでに培ってきた分析計測技術と医用画像診断技術を生かした技術開発・支援を行っています。
企業事例3:株式会社エコワスプラント

「健康経営優良法人2021」に認定された株式会社エコワスプラントは、従業員88名のサービス業を手がける企業。2015年に働き盛りの従業員が突然死したことをきっかけに、従業員の健康とプライベートを守る健康経営を開始しました。
同社で行った主な取り組みは、時間外労働削減、有給休暇の計画的な取得の促進、徒歩や自転車での通勤を推奨する「エコ通勤手当」の支給などです。
時間外労働への取り組みでは、残業を事前承認制にしたことがポイント。特に事務職で成果があり、定時退社が定着して残業がほぼゼロ時間となりました。
有給休暇の取得率も毎年向上し、50%から77%に上昇しています。
こうした健康経営の効果は、従業員の病欠の減少だけでなく労働生産性の向上にもつながり、離職者が大幅に低下。新卒者の応募も増え、この数年は内定後の辞退者も出ていないという好循環を実現しました。
まずは従業員の健康を守ることから

人々の健康と福祉に向けて取り組むSDGs目標3。ヘルスケア分野の企業にとっては事業内容そのものに関わる重要な目標であり、ヘルスケア以外の事業を手がける企業にとっては自社の従業員を守ることが目標3の達成につながります。
身近なところから目標3への取り組みを始めるなら、健康経営の宣言と施策の実行から始めてみましょう。「健康経営優良法人」の認定基準には、定期検診受診率やストレスチェック、健康の保持・増進に向けた取り組みなど、どのような制度・施策が可能かが記載されています。
もちろん、2020年から21年のような感染症が拡大する状況においては、社員が大きな感染リスクにさらされないようにすることもSDGs目標3に対する重要な取り組み。感染予防方法の周知徹底、テレワークや時差出勤といった勤務体制の柔軟な選択など、できる取り組みがないかもう一度見直してみましょう。
身近な人々の健康や福祉を守ることは、安心して生きられる社会づくりを一層進める、大切な原動力になります。