
今、サプライチェーン・マネジメント(SCM)が重視されています。中・長期的にみた企業経営にとっては、ESGやSDGsをどのように取り込むかが重要課題と言えます。
ここでは、ESGやSDGsに配慮したSCMの取り組みについて解説するとともに、取り組み事例を紹介します。
サプライチェーン・マネジメントとは

サプライチェーンは企業が原材料や部品を調達して製品を生産・出荷、物流を経て販売するまでのプロセスのことを言います。
サプライチェーン・マネジメント(SCM)は協力企業も含めたサプライチェーン全体を統括的に管理し、情報を共有・連携することによって全体の流れの最適化を図る効率的な経営手法を言います。そのメリットとして、以下の3点が挙げられます。
- サプライチェーン全体の在庫の最適化を図ることができる。
- 経営リソースの最適化を図ることができる。
- 物流業務の最適化でコスト削減を図ることができる。
従来の企業経営では、このように効率が最優先されてきましたが、今、世界的にESGやSDGsが重視され、SCMの在り方も変わらざるを得なくなっています。
SCMはESG/SDGsを取り込む流れに

企業経営にESGやSDGsを配慮しなければならなくなっている背景について説明しましょう。
ESGとは環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)のことです。企業の価値を投資家が評価する場合、従来は財務状況が重視されましたが、利益追求による企業活動が気候変動や環境破壊をもたらしたことから、非財務的側面であるESGへの配慮が重視されるようになりました。
具体的には、企業は、環境では二酸化炭素排出量の削減や再生可能エネルギーの利用、社会では女性活躍の推進、適切な労働環境の実現、企業統治ではリスク管理のための情報開示・法令順守などへの取り組みが求められ、国連が投資家にこれらの企業への投資(ESG投資)を推進しています。
たとえば、2015 年に国連でパリ協定が採択され、世界的な平均気温の上昇を産業革命前と比べ1.5℃以下に抑えるという長期目標に世界で取り組んでいますが、その目標達成には2040年までに約7,370兆円規模の投資が必要とされていて、投資家の資金を脱炭素化へ向ける動きが世界で加速しています。
もう一つは、2015年9月に国連がまとめたSDGs(持続可能な開発目標)です。SDGsは2030年までに世界で達成すべき目標を提示したもので、貧困をなくす、飢餓をゼロにする、ジェンダー平等の実現、エネルギーをクリーンにする、気候変動への対策など17の目標と169のターゲットから成ります。
今や企業は、投資家からこのようなESGやSDGsに配慮していないと評価されれば、生き残ることが難しい状況にさえなっています。
SCMが求められるESG/SDGsに配慮した取り組みとは

SCMにおいて、ESGやSDGsに配慮する場合、どのような取り組みが必要になるでしょうか。具体的にみてみます。。
具体的取り組み1:クリーンエネルギーの利用など気候変動対策
ESGにおけるEすなわち環境では、温暖化防止や省エネ化等の環境負荷の軽減、生物多様性の保全などが求められ、SDGsでは目標7のクリーンなエネルギーの利用や、目標13の気候変動への具体的な対策が必要になります。サプライチェーン全体として、風力発電や太陽光発電による電力を増加させることや、温室効果ガスであるCO2を排出する石炭火力発電の利用を減らす必要があります。
グローバル時代の今日、サプライチェーンは海外にも広がり、海外のサプライヤーが石炭火力発電の利用割合を増やしていれば、全体としてマイナス評価になる可能性があります。また、サプライチェーン全体で使用する車両でガソリン車が増えていても評価が下がることになります。このような目が届きにくい気候変動対策などへのサプライヤーの取り組みが確認できる仕組みづくりが必要になります。
具体的な取り組み2:CSR調達からESG調達・SDGs調達へ

現在、サプライチェーンにはCSR調達という考え方が浸透しています。CSR調達は、調達物の環境性能向上、サプライヤーにおける環境配慮・法令遵守・人権擁護、公正取引の推進などの購買・調達に関する考え方や基準を明確にして実践するという考え方です。
今日、このようなCSR調達をより発展させたESG調達、SDGs調達という言葉も聞かれます。これは持続可能な社会構築に向けてサプライチェーンに対して積極的に関与していこうという考え方で、SDGsの目標やターゲットに貢献する取り組みが求められます。
たとえば、「働きがいのある人間らしい仕事、並びに同一労働同一賃金を達成」「強制労働の根絶」「児童労働の禁止」、「生産・サプライチェーンにおける食品ロスを減少させる」「化学物質や廃棄物の大気、水、土壌への放出を大幅に削減する」、「企業は持続可能な取り組みを導入する」、「海洋汚染を防止」、「森林減少を阻止」などを推進する取り組みが求められます。
企業はこのようなSDGsなどの目標やターゲットを調達方針に掲げ、サプライチェーン全体に周知させるための説明会の開催や研修会、関連企業への調査や指導・支援などの取り組みが必要になります。
具体的な取り組み3:デジタル技術・IoT技術などでSCMを可視化
ESG/SDGsに配慮したSCMでは、デジタル技術やIoT技術を駆使してさまざまな企業と協調しながらリアルタイムで情報連携を行うことにより情報流通の高速化と、自律的・予見的行動によるサプライチェーン全体のスピードアップを図る必要があります。
また、モノのインターネットであるIoT技術により、コンテナなどの多様な輸送手段からのIoTセンサー情報を中央のIoTプラットフォームに集約して、製品がこれらの輸送手段を通過する際に完全に監視・制御できるようにすることが重要です。
さらに、AI(人工知能)・機械学習を導入することによって、より迅速かつ効果的な意思決定をサポートし、ビジネスプロセスを最適化することができます。
こうした技術によって、ネットワーク型のサプライチェーン(下図)を構築するとともに、サプライチェーンのオペレーション全体をリアルタイムで可視化でき、もしサプライチェーンのどこかで予期せぬ事態が発生しても、それに対する意思決定を迅速に行えるようなります。

(出所:アクセンチュア)
SCMにおけるESG/SDGsに配慮した取り組み取組事例

SCMはESG/SDGsに配慮した取り組みが必要になっています。ここでは、リコーグループ、東芝グループ、スターバックスの各取り組みを紹介します。
事例1 リコーグループ:2050年に向け100%再生可能エネルギー利用推進
リコーグループは2017年4月に日本企業では初めてRE100に参加しました。RE100とは、事業に必要な電力を100%再生可能エネルギーにすると宣言した企業で構成されていて、温室効果ガスの削減や有限資源の使用を抑制することで、気候変動を悪化させないようにする取り組みです。RE100への加盟企業は、現在、世界で約250社(うち日本企業38社)です。
リコーでは、2021年3月に再生エネルギーの利用目標を修正、2022年度に再生エネルギーを電力消費の30%に、2030年までに50%に切り替えるとしています。これにより、2050年度にはバリューチェーンからの温室効果ガス排出量をゼロにし、再エネ比率100%を目指すとしています。
生産拠点の取り組みでは、2019年度から中国、タイ、日本の5つの生産拠点で、A3複合機の組み立て生産を行う全社屋の使用電力を再エネ電力に切り替えています。欧州の販売会社10社で使用する電力についても、100%再エネルギーによる電力に切り替えました。
国内の販売会社であるリコージャパンの和歌山支社では、太陽光パネル、蓄電池システムなどの活用により、年間で消費する建築物のエネルギー量を省エネと再生可能エネルギーで100%以上削減したことを証明するZEB認証を取得しました。
事例2 東芝グループ:調達取引先の法令・調達方針等への適合状況確認

東芝グループでは、世界各地からさまざまな原材料や資材を調達しています。これらの調達取引先まで含めた人権・労働・環境面などで企業の社会的責任(CSR)を果たしていくために、サプライチェーン全体にわたるCSRの取り組みを推進しています。
2019年度においては、約3,000社を新規調達取引先として選定し、製造現場や管理の仕組み、環境や人権、労働安全などに関する法令遵守状況、経営状況などについて、調達・選定方針に適合しているかどうかを確認しています。また、継続的な調達取引先については、品質監査時などに製造現場の管理状況を確認するとともに、必要に応じて改善要請・支援を行っています。
2019年度に行った指導・支援事例では、環境配慮への徹底に関しては含有化学物質などの管理方法や化学物質リスクアセスメント、産業廃棄物・廃液などの処理方法などについての指導があります。人権・労働安全の徹底では、作業現場安全指導や定期点検改善指導、製錬業者へのコンフリクト・フリー認証取得の支援、安全知識トレーニングの実施などがあります。
各拠点では、環境、人権、労働、安全などに関する説明会や、調達方針に関する状況調査を行っています。調達取引基準に違反した場合は是正措置を要求し、必要に応じて是正指導、支援を行い、是正が困難な場合には取引停止としています(下表)。
また、クリーン・パートナー・ライン(取引先通報制度)では、東芝グループの関係者が、取引に関して法令や行動基準・調達方針などに違反するとか違反の疑いがある場合、調達取引先から通報してもらう窓口を開設しています。
内容 | 説明会参加 | 調査実施 | 実地調査 |
人権・安全 | 6,953社 | 6,055社 | 920社 |
環境 | 3,790社 | 6,128社 | 395社 |
合計 | 10,743社 | 12,183社 | 1,315社 |
内容 | 指導・支援 | 取引停止 |
人権・安全 | 924社 | 0社 |
環境 | 161社 | 0社 |
事例3 スターバックス:ブロックチェーン技術でサプライチェーンを透明化

世界最大手のコーヒー・チェーン企業スターバックス(本社:米国ワシントン州シアトル)は、全世界の店舗数が30,000店舗、コーヒーを調達する農園の数は世界38万とされます。日本では47都道府県で店舗を展開しています。
スターバックスの取り組みの一つにコーヒー豆の倫理的な調達があり、2015年には99%倫理的に調達したコーヒーを提供していました。倫理的調達とは、社会的、環境的、経済的基準について定めた世界で最も認知されている国際フェアトレードなどの認証プログラムの基準を満たしたものです。
スターバックスはビジネスをさらに倫理的かつ持続可能にするため、サプライチェーンの透明化に取り組み、ブロックチェーン技術を開発し、2020年8月から導入しました。これによって、消費者は全米のスターバックスの店舗でコーヒーの生産から提供までのトレーサビリティをリアルタイムでがわかるようになりました。
ブロックチェーンとは、ネットワークにより端末同士を直接接続してデータを処理・記録する技術で、高度な匿名性、セキュリティの堅牢性で注目されている次世代の技術です。この技術によって、リアルタイムでいつでもコーヒー豆の由来を確認でき、顧客に対する説明責任が果たせるようになります。スマホのアプリで、コーヒー豆の袋に付いているコードを読み込めば情報を確認できる仕組みです。
ブロックチェーン開発に当たって、スターバックスはマイクロソフト社と提携。このトレーサビリティツールが利用できるのは、米国の店舗で販売されている袋売りのコーヒー豆に限られ、現時点ではスターバックスの店舗外で購入したものやカップで購入したコーヒーなどの情報は確認できません。
スターバックスでは、コーヒー豆のトレーサビリティは、消費者だけではなく農家にとっても有用な情報で、農家は自身が育てているコーヒーがスターバックスの店舗で提供され、厳しい基準に合格していることや、輸出の基準に適っていることを知ることで、モチベーションの向上につながるとしています。
まとめ
これまでのSCMは、新型コロナウィルスによって、その脆弱性が暴露されましたが、今後は、ESG/SDGsを組み込んだより強靭で柔軟性のあるネットワーク型SCMの構築が急がれます。
デジタル技術やAI等を駆使して、複雑化するサプライチェーンにおけるリアルタイムの情報連携、可視化を推進し、迅速な意思決定が図れるようにすることが重要になります。